2017年5月30日火曜日

説教「対話と協働をもたらす力」

五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、〝霊〟が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」 (使徒言行録2・1〜11)

 使徒言行録2章に描かれる聖霊降臨は、教会の誕生の出来事と呼ばれることも少なくありません。主イエスが弟子たちを地上に残して天へと昇られた後、聖霊を受けた弟子達は、イエスが救い主キリストであることを世に宣べ伝えてゆくこととなります。

 しかしそれは客観的に考えるならば大変奇妙な展開であったと言わざるを得ないのではないでしょうか。なぜならば、彼らが宣べ伝えるイエスとは、仲間から見捨てられ処刑された世の中の敗北者でしかなかったからです。そしてこの弟子たちこそ、都を目指してイエスとやって来たものの、自分たちの期待通りにはならなかったイエスを見捨てた者たちでした。そればかりではなく、この後、都で始まった最初の教会は、まもなくして追い散らされてしまうのです。一体なぜ、生まれたばかりの教会は消滅してしまうことなく、その後も生き残り、広がり続けることが出来たのでしょうか。


 使徒言行録2章では、弟子たちの上に「炎のような舌」が現れ、一人一人の上にとどまると、聖霊に満たされ、口々に「ほかの国々の言葉」を話し始めます。原文では「舌」と「言葉」は同じ語が用いられていることから、この炎が弟子たちに様々な国の言葉で語らせる力だったということを、この物語は伝えています。9〜11節では、ユダヤの周辺の国々から、そしてさらにはローマからもやって来た者達までもが、その言葉を聞き驚いたことが語られています。


 言葉が通じないこと、それは相互に信頼を築くことを阻み、人と人とを分断する見えない壁の最たるものでありました。しかし見えない神の力である聖霊に満たされた弟子たちは、その見えない壁を乗り越えるのです。そしてまたそのために、全ての人が皆同じ一つの言葉を話すようになったのではなく、弟子たちが様々な国の言葉で語り始めたということはとても興味深い点であるように思うのです。


 聖霊を与えられた弟子たちは、見た目の上ではばらばらに語り始めます。それを内向きの視点で見るならば、分裂であり、調和が失われた状態であるように受け取られるかもしれません。けれども聖霊に満たされた彼らは、部屋の中には留まらず、外へ新しい世界へと押し出されてゆくのです。弟子たちが様々な国の言葉をが都において話し始めた時、内へ内へと向かっていた弟子たちは、外なる世界へと開かれることになるのです。そしてこれまで出会ったことのない人々と福音を分かち合うこと、社会の周縁へと追いやられた人々と喜びを分かち合うことへと押し出され、部屋の中から踏み出してゆくのです。それはまさに弟子たちの集団にとって決定的な転換点であり、教会の出発点となったのでした。 


 分裂のようにすら見えた様々な言葉を語る弟子たちの姿は、実は新しい命に生きる共同体が生まれたこと、そこから新しい時代が始まったことを表すものとなったのでした。この新しい共同体はやがてエルサレムから散らされてゆくことになります。しかし新しい命へと押し出された彼らは、散らされた先でまた福音の喜びを分かち合うために共に働くこととなるのでした。


 かつて弟子たちが新しい命へと押し出されて新しい時代が始まったことによって、今私たちの教会があります。かつて弟子たちに新しい命を与えた力は、今を生きる私たちをもまた、新しい時代、新しい命を生きさせる力でもあります。それは壁を乗り越え喜びを分かち合い、多様なあり方を通して共に働くことが出来る、まだ誰も知らない道へと私たちを導く力なのです。


 ルターの宗教改革から500年となる今、分断され傷けられた世界の中で共に働くために、教会の対話と協働とが大きな主題となっています。それはまだ誰も体験したことのない、新しい挑戦です。けれども、弟子たちを満たした聖霊によって今も私たちキリストの教会は支え導かれているのです。だからこそ今、対話と協働を作り出す、新しい時代へと歩みだしてゆきたいと思います。

日本福音ルーテル三鷹教会 牧師  李 明生

「安心して水の上を歩く」

「それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登りになった。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まさ...