2017年8月3日木曜日

「信じる人の基準」


 イエスはそこをたち、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。イエスがその家で食事をしておられたときのことである。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた。ファリサイ派の人々はこれを見て、弟子たちに、「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」(マタイによる福音書9・9~13)
 「自分の好きな単語と、嫌いな単語を一つずつ挙げるなら何ですか?」ある有名な人がこう質問される場面を見ながら、面白い質問だなと思い、自分なら何と答えるだろうと考えたことがありました。
 好きな単語はいくつも候補が思い浮かびましたが、自分が嫌いな単語は意外とすぐに絞られました。私の中では「先入観」もしくは「偏見」がそれです。
外国での生活がそう思う原因なのか、先入観や偏見に苦しんだことがあったのか、あるいは先入観が自分の成長を妨げると感じたのか、とにかく私は「先入観」という概念を嫌う一人でした。しかし自分ではそう思うものの、私もある種の先入観に囚われている一人に過ぎないことも認めざるを得ません。厳密に考えれば考えるほど、そうです。

 私たちはこの世に生まれた瞬間から、ある人種、ある民族、ある国に属する一人となりました。決してすべての世界を公平に見渡すことは出来ず(一生出来ないかもしれない)、限定された地域、社会、文化の下で、さらに自分が誰と触れ合って、どういう教育を受け、どういう価値観と情報に影響されたかによって、自分のアイデンティティや自分の考えを持つようになります。

 その意味で、私たちが世界や他者を見つめる場合、その殆どは自分が置かれた立場からそれらを見つめることであって、自分以外の視点から物事を考えることはなかなか難しいことかと思います。だから私たちは自分を超えた視点として神を求めているのかもしれません。
 
 私はマタイ福音書9章の記録を、神から遣わされたイエスが世の人々の思い込みを引っ繰り返す物語として読みます。

 その時代や場面では周囲から優れた人間として見られ、自分たちもそう自覚していたファリサイ派の人々、そしてその真逆に、人々から軽蔑される立場として徴税人や罪人と呼ばれていた人がいました。本当は彼らがどのような原因で悪者とされていたのか、なぜ悪者なのか説明がつかないのが、この世の現実かもしれません。

 その中で、イエスは敢えて罪人と呼ばれる人々の方に行かれ、彼らを招き、彼らの友となります。それがイエスを通してこの世界に示された神のみ心であり、憐みです。しかしその姿を見ていたファリサイ派の人々は理解できず、イエスを受け入れられません。彼らの基準では、徴税人や罪人が悪いのは当然であり、その徴税人や罪人と一緒にいるイエスも、彼らにとっては優れた先生ではなく、疑わしい存在なのです。その基準は、神の名を借りているけれども彼ら自身であり、あくまでも正しいのは自分たちだからです。 

 私たちに届いている福音は、一時の限られた人々の判断ではないからこそ、私たちに普遍的な、不変の光を与えます。そしてそれが人間によるものではなく、神からのものであるからこそ、私たちには赦しであり、世にあって私たちを縛るものではなく、自由をもたらすものとなります。

 神を信じるとは、まさに人知を超えている自由な神のみ心と導きに私たちを任せることです。場合によっては自分が担っていた自分の思い、世の事情がつくりあげてきた思いなどを降ろさなければならないでしょう。神の思いは私たちのそれをはるかに超えていて、自由で、しかも憐みに満ちているからです。

 もしも今と違う立場に置かれるなら変わってしまうかもしれない自分の思い、あるいは時間が過ぎ、状況が変わったら今のままではないかもしれない世の様々な思い。私たちの心の基準となるものがどれなのかによって、私たちの命の姿も変わっていくことでしょう。

 「わたしに従いなさい」。あのとき徴税人マタイを呼ばれたイエスの招きと憐みは、み言葉と聖霊の働きを通して今の「私」にも、ひょっとしたら自分の思いで好きではない「あの人(たち)」にも届けられているものかもしれません。
 自分の思いではなく、神のみ心に生きる。別の意味での「信仰のみ」、新たな改革です。

ルーテル学院中学・高等学校 チャプレン 崔 大凡

2017年5月30日火曜日

説教「対話と協働をもたらす力」

五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、〝霊〟が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」 (使徒言行録2・1〜11)

 使徒言行録2章に描かれる聖霊降臨は、教会の誕生の出来事と呼ばれることも少なくありません。主イエスが弟子たちを地上に残して天へと昇られた後、聖霊を受けた弟子達は、イエスが救い主キリストであることを世に宣べ伝えてゆくこととなります。

 しかしそれは客観的に考えるならば大変奇妙な展開であったと言わざるを得ないのではないでしょうか。なぜならば、彼らが宣べ伝えるイエスとは、仲間から見捨てられ処刑された世の中の敗北者でしかなかったからです。そしてこの弟子たちこそ、都を目指してイエスとやって来たものの、自分たちの期待通りにはならなかったイエスを見捨てた者たちでした。そればかりではなく、この後、都で始まった最初の教会は、まもなくして追い散らされてしまうのです。一体なぜ、生まれたばかりの教会は消滅してしまうことなく、その後も生き残り、広がり続けることが出来たのでしょうか。


 使徒言行録2章では、弟子たちの上に「炎のような舌」が現れ、一人一人の上にとどまると、聖霊に満たされ、口々に「ほかの国々の言葉」を話し始めます。原文では「舌」と「言葉」は同じ語が用いられていることから、この炎が弟子たちに様々な国の言葉で語らせる力だったということを、この物語は伝えています。9〜11節では、ユダヤの周辺の国々から、そしてさらにはローマからもやって来た者達までもが、その言葉を聞き驚いたことが語られています。


 言葉が通じないこと、それは相互に信頼を築くことを阻み、人と人とを分断する見えない壁の最たるものでありました。しかし見えない神の力である聖霊に満たされた弟子たちは、その見えない壁を乗り越えるのです。そしてまたそのために、全ての人が皆同じ一つの言葉を話すようになったのではなく、弟子たちが様々な国の言葉で語り始めたということはとても興味深い点であるように思うのです。


 聖霊を与えられた弟子たちは、見た目の上ではばらばらに語り始めます。それを内向きの視点で見るならば、分裂であり、調和が失われた状態であるように受け取られるかもしれません。けれども聖霊に満たされた彼らは、部屋の中には留まらず、外へ新しい世界へと押し出されてゆくのです。弟子たちが様々な国の言葉をが都において話し始めた時、内へ内へと向かっていた弟子たちは、外なる世界へと開かれることになるのです。そしてこれまで出会ったことのない人々と福音を分かち合うこと、社会の周縁へと追いやられた人々と喜びを分かち合うことへと押し出され、部屋の中から踏み出してゆくのです。それはまさに弟子たちの集団にとって決定的な転換点であり、教会の出発点となったのでした。 


 分裂のようにすら見えた様々な言葉を語る弟子たちの姿は、実は新しい命に生きる共同体が生まれたこと、そこから新しい時代が始まったことを表すものとなったのでした。この新しい共同体はやがてエルサレムから散らされてゆくことになります。しかし新しい命へと押し出された彼らは、散らされた先でまた福音の喜びを分かち合うために共に働くこととなるのでした。


 かつて弟子たちが新しい命へと押し出されて新しい時代が始まったことによって、今私たちの教会があります。かつて弟子たちに新しい命を与えた力は、今を生きる私たちをもまた、新しい時代、新しい命を生きさせる力でもあります。それは壁を乗り越え喜びを分かち合い、多様なあり方を通して共に働くことが出来る、まだ誰も知らない道へと私たちを導く力なのです。


 ルターの宗教改革から500年となる今、分断され傷けられた世界の中で共に働くために、教会の対話と協働とが大きな主題となっています。それはまだ誰も体験したことのない、新しい挑戦です。けれども、弟子たちを満たした聖霊によって今も私たちキリストの教会は支え導かれているのです。だからこそ今、対話と協働を作り出す、新しい時代へと歩みだしてゆきたいと思います。

日本福音ルーテル三鷹教会 牧師  李 明生

2017年4月29日土曜日

「天に昇られる時も」

イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き 、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。(新約聖書ルカによる福音書24・50~51)

 主イエスの昇天の出来事を伝えるルカは、主が弟子たちをエルサレムから《ベタニアの辺りまで連れて行き》、《祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた》と記しています。ベタニアはエルサレムの東、約2・7㎞に位置し、オリーブ山の南東斜面にある小さな村です。ご存知、マルタ、マリア、ラザロの村です。主イエスは十字架にかかる前、エルサレムに通うのにここを拠点とされ、連日都に行かれても、わざわざいつもこの村に戻って泊まっておられます。そして昇天の場も、この村入り口辺りです。これは単なる偶然でしょうか。
 死海文書の発見は、都の東方にハンセン病患者を隔離するよう規定があったことを示しました。このベタニアがその隔離村であった可能性は極めて高いです。エルサレムから見て山に隠れる場所であり、マルコ14章にもこの村に《重い皮膚病の人シモンの家》があったことが記されていて、それを裏付けます。主イエスは地上を歩まれた時もそして天に昇られる時も、人々から疎外されまた虐げられている人たちの側にいつも心をおかれ、それを弟子たちに託されたと見ることができるのではないでしょうか。滝澤武人さん(『イエスの現場』世界思想社)や月本昭男さん(『目で見る聖書の時代』日本基督教団出版局)、他にも同じ見方の方々はあり、私もそのように受け止めています。

 すべての人は神に愛されています。しかし、最も助けの必要な人々は誰か。そのことを私たちは思い起こすよう、主イエスから託されています。聖書が隣人について私たちに告げる教えは、一日一善的な優しさではなく、「正義と公平」という言葉にも集約されるように、誰が最も悲惨な状況に追いやられているか。それを解放し、また虐げる悪のくびきを折るようにということが第一となっています。そしてさらに、あなたのパンを裂き与えということも、大切であると示されています(イザヤ58・6、7)。これは主が言われた「地の塩」「世の光」の教えおよび順序とも符号します。

 ルター先生の時代、神が私たちにくださった救いの真理が歪められてはならないということが、何よりも再確認されなければならない重要な事柄でした。しかしそれはもはや解決されています。今や、神の救いの恵みに捕えられ、その愛に押し出されて、私たちは隣人に仕えていくということが、共に声かけ合い大事な時代となっています。

 パンを必要としている人は隣人であり、追いはぎに襲われて倒れている人も隣人です。どちらも助けが必要です。しかし、人によって苦しみを与えられるほど辛いものはなく、さらに、苦しみを与える側が大きな権力であったりする場合、受ける者の苦痛は何重もの悲しみや孤独も加わり絶望的となります。神様からも人々からも教会の関わりが待たれるなか、最も手薄となっている領域です。たぶん反発を恐れてでしょうが、経費と共に、個人で負うには大変です。私が出会ったのは原発廃止を訴える立地住民や被曝労働者の声でしたが、震災後さらに新たな様相を増しています。苦しめられている人々との連帯が求められます。他にもいくつも同様な課題がありますが、深刻度と緊急度を考えることが必要でしょう。

 私たちの教会は、社会的な問題には無色透明であろうとする傾向があります。しかしそれはルター先生の願ったこととは違うと思います。ドイツの教会が第二次大戦後、その反省と検証をしました。隣人のため、社会をよりよくしようと努めていくことは、ルター先生も説く聖書の教えです。

 人間の世界で、絶対なものはありません。何がより望ましいことか、時代や状況によって選ぶ答えが違うこともあるでしょう。白黒つかないものも多いです。でもそれを、能動的に選んでいくことが私たちに許され、またその責任が問われています。現代のベタニア、主イエスが最も心をおかれている方々に、私たちも寄り添って歩んでいけるよう、祈っていきましょう。
      日本福音ルーテル稔台教会、津田沼教会 牧師 内藤新吾


「わが喜び、わが望み」

「主の家にわたしは帰り、生涯そこにとどまるであろう。」(詩編23・6)

 ルーテル教会の仲間に加えていただき、ルーテル教会を通じて福音の何たるかに触れ、牧師としてそれを語ってきました。ついに、引退の日を迎えました。ただまだ道半ばという気分でいます。大した働きもない者でしたが、感謝の言葉としてこの文章を送ります。
 京都で法学の学徒でいたころ、岸井敏師の牧しておられた教会に導かれました。大学まで身をおいても、何か生きることの本質にまだ触れていないという気がしていたわが身にとって、それは狭き門より入るような感じでした。この世界に触れてみて、そして実際に生きてみて、感謝をしています。
 最後の説教として詩編23編を選びました。この詩人は、生涯の中で苦しいときを過ごしたことが多々あったのでしょう。「死の陰の谷を行くときも」と言い、「わたしを苦しめる者を前にしても」と言う。前途に光を見出せない日々を過ごしたこともあったのだろうか。しかし、この詩人は、「主」という神を、わが牧者として見出し得たときに、変貌をします。自分の生涯の喜びをただ一つ挙げるとすれば、「主」を「牧者(「羊飼い」と言っています)」として見出したことにあるというのです。 この詩人がそれまでどのような人生の模索をしてきたかは分かりませんが、「主」を命の導き手として信頼して生きていけると確信したことから湧き上がる喜びが、この詩全体を覆っています。
 わたしたちのそれぞれの人生には、喜びもあり苦悩もあり、山あり谷ありですが、特に先に希望を見出し得ないとき、「わが助けはいずかたより来るや」と煩悶したくもなります。しかし、「主」が導き手であることを確信できたとき、詩人は「わたしには何も欠けることがない」と言うのです。もうその時、この詩人には人の世にある、通常の憂いの陰はどこにもありません。
 この詩人も、人間として通常の生活をしているはずですから、それがないはずはないのですが、「主」に従う生活の喜びの中では、それは自分にはなんの陰でもないと言うのです。これはこの詩人の人生の実感だったでしょう。
 今日の人の世は、専門家となった社会人の世ですから、互いにエゴが渦巻き、エゴとエゴの衝突は絶えず起こります。現代のように能力主義がひどくなり、自己の権利を自分で主張していくことが強くなると、みんな時間に追われる社会になります。 教会にはそれに疲れた人が癒しを求めて集まることもしばしばです。みんな疲れているので、許し合うという教会の交わりの本質を構成している、「聖徒の交わり」が揺らぐことさえ出て来ます。正直受け止めきれなかったことも、しばしばであったことを告白しなければなりません。
 この詩人は、主を牧者として生き、主が共にいてくださったという確信において、「わたしには、(人生において)何も欠けることがな」かったと断言するのです。信仰者の日々の生活を、これ程に率直に感謝するこの詩人は、どんなに満ちたりた生涯を過ごしただろうか。
 23編は旧約の詩人ですが、新約ではイエス・キリストを「主」と呼ぶようになりました。十字架の死に至るまで、父なる神に従順であったナザレのイエスというお方を、使徒たちがそのように呼ぶようになったのです。 初代教会の人々の信仰の息吹が、この用語変化のなかに現れています。聖書とは、そのような信仰者の霊的息使いを読み取ることによってしか、わたしたちに語りかけて来てくれません。教義ではないのです。
 わたしがそのように聖書を読みとっているかというと、まだ道半ばですが、宗教改革500年祭とは宗教改革そのものに帰ることではなく、宗教改革を起こした初代教会の信仰者の霊的息使いを読み込むことにもあるのではないだろうか。初代教会の信仰の遺産が聖書ですから、それは「聖書のみ」ということでもありましょう。
      前日本福音ルーテル唐津教会・小城教会牧師  箱田清美

 詩人は、この詩を「主の家にわたしは帰り、生涯そこにとどまる」と結びました。
 退職後何をしますか?とよく聞かれるのですが、この詩人の締めをもってそれへの応えとし、ルーテル教会で牧師として職にありましたことを、感謝して筆を置きます。

2017年3月10日金曜日

「憐れみを受け、恵みにあずかって、大胆に」

さて、わたしたちには、もろもろの天を通過された偉大な大祭司、神の子イエスが与えられているのですから、わたしたちの公に言い表している信仰をしっかり 保とうではありませんか。この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練 に遭われたのです。だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。
(新約聖書ヘブライ人への手紙4・14~16)

召されている現場で、種々の事態を、何とかして冷静に受け止めようと立ち止まる、その時々に、幾度となく励まされている聖書箇所は数多くありますが、その一つがこのメッセージです。
 神学校を卒業し、按手礼を受けて牧師とされて赴任する時、育ててくださった先輩牧師や神学校教師たちが、「激励歓送 会」を設けてくださいました。その折に、「み言葉を取り次ぎ、語る使命を頂いたのだから、果たすためには、語る前にまず、あなたがみ言葉(聖書)を読むだ けでなく、じっくりと聴くことを大切にして欲しいな。」と助言くださいました。1971年でしたから、46年も前になります。以来、私なりに色んな取り組 みを続けています。
 その一つは、福音書の場合ですと、その記述に登場する人々のどの人に自分が該当するだろうかと思い巡らせることです。ここでは引用できない節数なので、どうぞ、お手元の聖書を実際に開いてみてください。マルコによる福音書9章14節以下です。
 登場するのは、群衆の中で「病気の子を持つ父親」、「イエス様の弟子たち」、それに「弟子たちと議論している律法学者 たち」がいます。弟子たちは人々に問いかけられ、子どもの病気に癒しを求められ、さらに、専門家である律法学者に議論を吹きかけられています。返答に詰ま り、散々な目に遭っています。そこには、イエス様はおられませんでした。
 神学校を出たての新米牧師の私にそっくりです。人生経験も、深い信仰体験もなく、聖書もよく分からないまま、教会に遣 わされて、何かにつけおろおろするばかりでした。イエス様が不在で働いている気持ちになっていたのかも知れません。まず、自分を弟子たちに当てはめて読ん でみました。
 そこへ、イエス様が戻って来られて、その場の事情をお知りになると、三つのことを言われました。①「なんと信仰のない 時代なのか。」 ②「いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。」 ③「いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。」これらの言葉は誰に 向けられたのでしょう。そこにいたみんなにと考えてもいいし、「信仰のない時代」というのは、群衆と父親に対してだろう。「いつまでも共に」というのは弟 子たちに。「我慢しなければならないのか」というのは律法学者たちに向かってと読むと、分かるような気がします。
 私は、当初、不甲斐ない弟子たちに自分を当てはめていました。しかし、牧師として日々を重ねるうちに、いや、それだけ ではなくて、この病気の子を持つ父親でもあると気づかされていきました。「大祭司・イエスの憐れみ」を受けなければならない者であった父親は、まさしく、 「信じます。信仰のないわたしをお助けください」(24節)と叫ばなければならない私です。
 この箇所は、「大祭司の憐れみにお委ねします。大祭司の恵みにあずかって歩ませてください。」そう叫ばなければ前に進めない自分を見つめることのできた気のする福音書の箇所です。
 ありのままの私を見つめ、弱さに同情の眼差しを送り、知っていてくださる「大祭司・イエス様」の前に大胆に進み立ち、「主よ、憐れみたまえ。」と、心から告白して、恵みにあずかって、新しい日々を、新しくされたいのちで生かされていきましょう。
日本福音ルーテル西宮教会 牧師 市原正幸

2017年1月31日火曜日

「人知を超えた神の選び」


201702わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。・・・
あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。」
(ヨハネによる福音書15・12、16a)

1.若者の進路を巡って
  いつも春の訪れとともに若者が旅立っていく季節、それぞれの進路に向かって歩み出す姿を見て、思うことがある。ある者は、夢かなって志望している大学 に進学し、心躍っている者もあれば、他方、第1志望の大学への進学かなわず、第2、第3の志望した大学へと進学し、少々気落ちしている学生たちもいる。こ れは学生たちに限ったことではなく、すべての人々が、自分の進路や行くべき方向性を選ばざるを得ない経験をする。そして、いずれの者も与えられたところで 自分の花を咲かせていくしかないのである。
 人は誰でも自分で、自分の進路を選んでいるつもりでいる。しかし、後で気づくことでもあるが、元々、何一つ自分で選んだものなどないのではないか。
 高校や大学への進学をはじめ、人生の進路の分岐点に立った時、人知を尽くして選ぶ作業は大事であるが、それ以上に、自分の思いを超えた世界に、思いを馳せ、身を委ねる姿勢はとても重要ではないか。
2.人の思いの選択から神の選びへ
 信仰の世界は、まさに自分の思いを超えた次元で、物事が動くこと、つまり神の導きや選びの中で人の時と生涯があることを受け止めるところに特徴がある。
 例えば、自分が隣人を愛するということ一つとっても、自分の思いや願望から出た愛にはもろさや限界がつきまとうものである。
 私たちが「愛する」とか「自分で選ぶ」という行為に先立って示される神の導きと選びがあることを聖書のみ言葉は、繰り返し語っている。冒頭に引用したみ言葉がそうである。
 「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい」、また「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」と。
 近代から現代に至る社会においては、特に人間の主体性や自己主張の世界が強調され、人間の人工的な力で、すべてが処理でき、また完結できるかのような思 い込みに陥ってきたのではないだろうか。そのために、私を超えた次元、つまり神の支配、神の選びを無視して、神なしの世界に生きているのである。
 神の選びは、私たちにとって思いがけず、想定外であり、人知を超えたかたちで起こっている。その代表的な姿は、処女マ リアに起こった受胎告知であり、また、神の選びを受け止めるマリアの信仰に読み取ることができよう。しかも母マリアはマグニフィカートの中で「身分の低 い、この主のはしためにも、目を留めてくださったからです」(ルカ1・48)と、目を留められた者の感謝と喜びをあふれ出させるように歌うのである
 またパウロはコリントの信徒への手紙の中で次のように勧めている。
「兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者 が多かったわけでもありません。ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれま した。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。これは、だれ一人、神の前 で誇ることがないようにするためです」(コリントの信徒への手紙一1・26~29)。以前の口語訳聖書では最後のみ言葉は、このように訳されていた。「無 きに等しい者を、あえて選ばれたのである。それは、どんな人間も、神のみまえに誇ることがないためである」と。
3.無に等しい者の選び
 神の選びの業は、人間の常識や一般的価値を超えたものであり、無に等しい者を、あえて選び、用いたもうということを痛感するのである。 個人的なことで はあるが、事実、無に等しい者であるこの私を牧師ならびに教育の場の働き人として選び、44年間、用いてくださったことに神にただ感謝するものである。
九州学院理事長 長岡立一郎牧師

2016年10月31日月曜日

「イエスは涙を流された」

イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、心に憤りを覚え、興奮して、言われた。「どこに葬ったのか。」彼らは、「主よ、来て、御覧ください」と言った。イエスは涙を流された。  (ヨハネによる福音書11章33節~35節)

 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなたがたにあるように。

 今年の3月、3歳の男児が急逝しました。猛威を振るったインフルエンザによるのです。4月には天王寺教会併設の真生幼稚園に入園予定でありました。2歳上の兄が在園しており、職員一同、驚きと痛みに襲われました。職員共々、仏式での通夜に参列し、小さな小さな棺に納められた男児とお別れをすべく、その亡骸の傍らに佇んだ時、もはや涙をこらえることはできませんでした。なぜなら、棺の彼は、入園式のために用意された晴れ着であろう、ブレザーと蝶ネクタイを身にまとい、頭には園の制帽を被っていたからです。
 翌朝早く、霊安室を訪ねると、父親が棺に寄り添っていました。夫婦交代で寝ずの番をしていたものの、途中から妻は起き上がれなかったとのこと。告別式に参列できないので祈りに来たことを伝えると、父親は、「祈りだけでなく、説教をしてください」と求めたのです。今ですか?と聞き返すと、「今ここでです!」と言う。そこで、聖書の死生観と救いを語り、神の御手に委ねる祈りを捧げました。
 しかし、何ということか! さらに悲しみは覆い被さります。幼子の死からひと月も経たぬうちに父親が逝去したのです。訃報を聞いた時、まさか子の死を嘆いてかと不安を拭えませんでしたが、病身ゆえの死でありました。
 母親は子の死から50日後、遺骨を教会に納めました。その後、求道を始め、降誕祭には長男との受洗を望んでいます。人が隣人に慰めの言葉を持たぬ時、ただ寄り添うことのみ残されます。しかし主は、なお御言葉をもって福音を語り、救いを約束してくださいます。

 ラザロの死に際して、イエス様は涙を流されました。この涙のわけを聖書は語らず、秘められています。だからと言って、イエス様はラザロの死に間に合わなかったから涙を流されたのだという、聖霊が関わらず、祈りも無き想像は退けられるべきです。
 死者が復活するという出来事でありながら、このことはヨハネによる福音書だけが伝えます。ラザロはマルタとマリア姉妹の兄弟です。この姉妹については、ルカによる福音書10章が伝えるところの、「働き者のマルタと信仰深いマリア」という評判が知られますが、ヨハネが伝える姉妹の様子は、また別の印象です。姉妹はイエス様にラザロが重篤であることを伝え、癒しを求めますが、主の到着は墓に葬ってから4日後でした。
 まずマルタが出迎え、イエス様と復活について問答し、最後に、「主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております」との告白に至ります。遅れてマリアも迎えますが、主の足元にただただ泣き崩れるばかりでした。イエス様は、マリアと一同が泣いているのを見て心に憤りを覚え、そして、涙を流されます。
 イエス様の憤りは、何に対するものであったのか。涙のわけがここにあります。イエス様は、ラザロが病気であると伝えられた時、「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」と語られています。そして、死が公然と人々の希望を中断し、ラザロの人生を終わらせようとするのを見て、死の領分をわきまえない暴挙に憤られたのではないか、と受け取ります。
 キリストの教会は、葬儀の務めを神より託されています。この務めは、キリスト者として召された者が天国へと迎えられたことを宣言することではないとわきまえます。また、死によって人生を中断された者を喪った悲しみへの慰めに終わるものでもないと心得ます。キリストの十字架が神の栄光であるごとく、復活の望みにおいて、人の死も神の栄光を証しするものであることを伝えたい。
 望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みに溢れさせてくださいます。 アーメン。

 日本福音ルーテル天王寺教会牧師、喜望の家責任者 永吉秀人

神によって変えられる

もし彼らの捨てられることが、世界の和解となるならば、彼らが受け入れられることは、死者の中からの命でなくて何でしょう。麦の初穂が聖なるものであれば、練り粉全体もそうであり、根が聖なるものであれば、枝もそうです。」(ローマの信徒への手紙11・15〜16)   10月31日は何の日...