2017年4月29日土曜日

「わが喜び、わが望み」

「主の家にわたしは帰り、生涯そこにとどまるであろう。」(詩編23・6)

 ルーテル教会の仲間に加えていただき、ルーテル教会を通じて福音の何たるかに触れ、牧師としてそれを語ってきました。ついに、引退の日を迎えました。ただまだ道半ばという気分でいます。大した働きもない者でしたが、感謝の言葉としてこの文章を送ります。
 京都で法学の学徒でいたころ、岸井敏師の牧しておられた教会に導かれました。大学まで身をおいても、何か生きることの本質にまだ触れていないという気がしていたわが身にとって、それは狭き門より入るような感じでした。この世界に触れてみて、そして実際に生きてみて、感謝をしています。
 最後の説教として詩編23編を選びました。この詩人は、生涯の中で苦しいときを過ごしたことが多々あったのでしょう。「死の陰の谷を行くときも」と言い、「わたしを苦しめる者を前にしても」と言う。前途に光を見出せない日々を過ごしたこともあったのだろうか。しかし、この詩人は、「主」という神を、わが牧者として見出し得たときに、変貌をします。自分の生涯の喜びをただ一つ挙げるとすれば、「主」を「牧者(「羊飼い」と言っています)」として見出したことにあるというのです。 この詩人がそれまでどのような人生の模索をしてきたかは分かりませんが、「主」を命の導き手として信頼して生きていけると確信したことから湧き上がる喜びが、この詩全体を覆っています。
 わたしたちのそれぞれの人生には、喜びもあり苦悩もあり、山あり谷ありですが、特に先に希望を見出し得ないとき、「わが助けはいずかたより来るや」と煩悶したくもなります。しかし、「主」が導き手であることを確信できたとき、詩人は「わたしには何も欠けることがない」と言うのです。もうその時、この詩人には人の世にある、通常の憂いの陰はどこにもありません。
 この詩人も、人間として通常の生活をしているはずですから、それがないはずはないのですが、「主」に従う生活の喜びの中では、それは自分にはなんの陰でもないと言うのです。これはこの詩人の人生の実感だったでしょう。
 今日の人の世は、専門家となった社会人の世ですから、互いにエゴが渦巻き、エゴとエゴの衝突は絶えず起こります。現代のように能力主義がひどくなり、自己の権利を自分で主張していくことが強くなると、みんな時間に追われる社会になります。 教会にはそれに疲れた人が癒しを求めて集まることもしばしばです。みんな疲れているので、許し合うという教会の交わりの本質を構成している、「聖徒の交わり」が揺らぐことさえ出て来ます。正直受け止めきれなかったことも、しばしばであったことを告白しなければなりません。
 この詩人は、主を牧者として生き、主が共にいてくださったという確信において、「わたしには、(人生において)何も欠けることがな」かったと断言するのです。信仰者の日々の生活を、これ程に率直に感謝するこの詩人は、どんなに満ちたりた生涯を過ごしただろうか。
 23編は旧約の詩人ですが、新約ではイエス・キリストを「主」と呼ぶようになりました。十字架の死に至るまで、父なる神に従順であったナザレのイエスというお方を、使徒たちがそのように呼ぶようになったのです。 初代教会の人々の信仰の息吹が、この用語変化のなかに現れています。聖書とは、そのような信仰者の霊的息使いを読み取ることによってしか、わたしたちに語りかけて来てくれません。教義ではないのです。
 わたしがそのように聖書を読みとっているかというと、まだ道半ばですが、宗教改革500年祭とは宗教改革そのものに帰ることではなく、宗教改革を起こした初代教会の信仰者の霊的息使いを読み込むことにもあるのではないだろうか。初代教会の信仰の遺産が聖書ですから、それは「聖書のみ」ということでもありましょう。
      前日本福音ルーテル唐津教会・小城教会牧師  箱田清美

 詩人は、この詩を「主の家にわたしは帰り、生涯そこにとどまる」と結びました。
 退職後何をしますか?とよく聞かれるのですが、この詩人の締めをもってそれへの応えとし、ルーテル教会で牧師として職にありましたことを、感謝して筆を置きます。

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